長谷川彰良(モデリスト)の半・分解展って?セミナーや個展について

こんにちは〜。
今回は、モデリストの長谷川彰良さんについてのお話です!
長谷川彰良さんは、古着のことが大好きで、
古着を解体し、標本にした個展「半・分解展」を開催したりしています。
服を解体して標本にするなんて、見たことがないですよね〜

今回は、モデリストの長谷川彰良さんについてのお話です。

長谷川彰良さんは、フランス革命から、第一次世界大戦までの間の古着を解体し、

解体した古着を標本の様に、板に貼り付けて展示する「半・分解展」という個展を開催されたり、

ヴィンテージウェアのメンズウェアのセミナーをされたりしています。

 

フランス革命は18世紀にフランスで起こった市民革命。

1789年、貴族が、ブルボン朝に反抗したことが始まりです。

そして、市民を巻き込み、共和国制になりました。

1799年のナポレオン・ボナパルトのクーデターによって帝政樹立されました。

このクーデター後、ナポレオン・ボナパルトは皇帝になりました。

これがフランス革命です。

詳しくはこちらをどうぞ〜

フランス革命 – Wikipedia-Wikipedia

 

第一次世界大戦は、1914年から1918年に起こった戦争です。

ヨーロッパが主な戦場でした。

当時の先進国が争う事になった戦争ですが、

先進国は、世界中に植民地が有ったため、世界各国で戦争が起こりました。

世界第一次大戦についても、詳しくはこちらを。

第一次世界大戦 – Wikipedia-Wikipedia

 

この時代は、世界中、王様や皇帝が国を治める時代。

そして、クーデターや戦争が勃発した時代です。

世界各国で民主主義へと、国が変わっていこうとしている時代でした。

そんな時代なので、文化も大きく発展していった時代です。

 

服装も、現代に近づいてくる時期でした。

そんな時代の衣服を残し、次の時代に伝えようと考えたのが長谷川彰良さんなのです。

「半・分解展」って個展が面白い!

結衣、「半・分解展」って知ってるかしら?
分解?
何かを分解した展示会なのかなぁ?

結衣

洋服を分解して標本の様にして展示した個展なのよ。
結衣、好きそうじゃない?
へ〜、変わった個展だね〜
結衣、見てみたいなぁ。

結衣

「半・分解展」って知ってますか?

洋服を分解して、展示した個展です。

 

この個展を開催したのが長谷川彰良さん。

ご職業は、モデリストなんだそうです。

モデルさんなのかな?

そてとも、スタイリストさんなのかな?

 

そんな長谷川彰良さんが開いたのが「半・分解展」です。

 

2016年9月から12月に京都、愛知、東京で行われた個展です。

この「半・分解展」、不思議な個展です。

「半・分解展」のサイトもありますので、紹介しますね。

rrr129: 半・分解展-rrr129

このサイトの中で、

2016年10月7日
「スーツ」は生誕350周年を迎えました。

現代まで受け継がれる紳士服の歴史と伝統に敬意を表して
「半・分解展」
を行いました。

フランス革命時の衣服から第一次世界大戦までの希少な衣服を
半分に分解し、板に打ち付け「標本」に。

貴方の目には、どの様に映りますか。

 

引用:rrr129: 半・分解展

服の製作途中を展示しているのではなくて、

服の半分を解体して、標本にして展示しているんです。

服の構造が分かる、とっても面白い展示ですよね。

 

スーツが誕生して350周年を迎えたんですね〜。

スーツって背広ともいいますよね。

男の人が働く背中や、お父さんの背中が大きくて広いから背広っていうのかと、

沙羅は思ってたのですが、違いました・・

 セビロの語は幕末から明治初期にかけてみられるが、一般には明治20年頃から用いられたらしい。
語源については、

  1. 背筋に縫い目がないところから背広の意、
  2. 英語 sack coat の訳語でゆったりした上衣の意、
  3. 市民服の意の英語 Civil clothes から、
  4. セビロ服を売りだした店のあるロンドンの高級洋服店街 en:Savile Row(サヴィル・ロウ)から、
  5. 良質の羊毛・服地の産地 Cheviot から、
などの説があるが、外来語からとする説が有力である。

引用:背広 – Wikipedia

5種類ある説の中から、日本語に由来しているのって1つだけ。

あと4つは外来語からですよね。

なので、外来語説が有力なのが分かります。

お父さんの背中が広いからではないのですね(笑)

 

スーツの起源についても調べてみました。

モーニングコートの裾を切り落とした上着が19世紀のイギリスで生まれた。イギリスではラウンジ・スーツ(Lounge Suit)、アメリカではサック・スーツ(Sack Suit)と呼ばれ、当初は寝間着・部屋着、次いでレジャー用だった。しかし19世紀末から20世紀の初頭にかけてアメリカのビジネスマンがビジネスウェアとして着用し始め、その後世界的に普及した。

引用:背広 – Wikipedia

モーニングコートがスーツの祖先なのですね。

モーニングコートって、新郎新婦のお父さんが結婚式で着ている服ですよね。

モーニングコートの起源も面白いんです。

乗馬用に前裾を大きく斜めに切った形状(カットアウェイ)で、18世紀のイギリス貴族の乗馬服に由来する。シングルブレストなので、来歴の系統は燕尾服やフロックコートとは別と考えられており、燕尾部分の切り落とされたものが現在の背広となったとされている。
貴族が朝の日課である乗馬の後、そのまま宮廷に上がれるようにとのことから礼服化して、19世紀には公式な場でも現在の背広の様に着用されるようになった。コートユニフォーム(日本の大礼服に相当する宮廷服)やフロックコートが廃れて行くに従い、昼間の最上級礼装とされるようになった。

引用:モーニングコート – Wikipedia

もともとは、貴族の乗馬用の服だったんですね。

だから、背中の部分がヒレみたいに割れて長くなっているんですね〜。

馬に乗った貴族が、宮廷に入ることから礼服化したというのも、なんだか頷けますよね!

 

「昼間の最上級礼装とされるようになった」ということで、

結婚式で新郎新婦のお父さんが着るんですね!

とっても勉強になりました。(笑)

 

モーニングコートは、次第に進化しながらビジネスウェアへと発展したそうなんです。

モーニングコートの裾を切り落とした上着が19世紀のイギリスで生まれた。イギリスではラウンジ・スーツ(Lounge Suit)、アメリカではサック・スーツ(Sack Suit)と呼ばれ、当初は寝間着・部屋着、次いでレジャー用だった。しかし19世紀末から20世紀の初頭にかけてアメリカのビジネスマンがビジネスウェアとして着用し始め、その後世界的に普及した。

背広 – Wikipedia

アメリカ人が着始めてから普及していったんですね!

でも、スーツの元祖は別だったんです!

スーツの元祖である正統派スーツはスリーピース・スーツであり、イギリスで生まれたスーツは貴族紳士の嗜みとされていた。アメリカ人も入植初期の頃はイギリス様式そのままのスリーピース・スーツを着用し、ツーピース・スーツなど存在しなかった。ツーピース・スーツは正統派スーツを簡略化したもので着用様式も簡略化したものである。

背広 – Wikipedia

元祖は、スリーピース・スーツだったんです。

このスリーピース・スーツ、も背広の一種とされています。

名前の通り、3つの洋服で構成されています。

ジャケット、ベスト、スラックスが揃って、

初めて「スリーピース・スーツ」と言うそうです。

スリーピース・スーツ(英語:three-piece suit)とは背広の種類の一つ。その名称の通り、全て同一の布で仕立てられたジャケット、ベスト、スラックスの3つのセットから成る(どれか一つが欠けても「スリーピース」にはならない)。日本では明治時代以降に伝わった。現在でも「三つ揃え」スーツとして呼ばれる。
現在あらゆる国で着用されるスーツの正統派。もともと、スーツといえばこのスリーピースを指した。現在、ほとんどのスーツはベストがセットされていないツーピースであるが、元来スーツというものはイギリスで生まれ、紳士の礼服とされた。イギリスからアメリカへの移民もイギリスの風習を色濃く受け継ぎ、礼装時にはスーツを着用した。その際もいずれのスーツもスリーピース仕立てだった。

引用:スリーピース・スーツ – Wikipedia

なので、日本のサラリーマンに多い、

ワイシャツにスラックス、ネクタイとジャケットという姿は、

実はツーピース・スーツなんです。

スーツの歴史も色々と奥が深いですね〜

 

そんなスーツの歴史や仕組みが見れるのが、「半・分解展」なんです!

長谷川彰良さんってどんな人?

「半・分解展」を主催されているのは、
長谷川彰良さんというモデリストの方なのよ。
長谷川彰良さんかぁ。
どんな方なんだろうね〜。
スーツを解体するくらいだから、服も作るのかなぁ??

結衣

長谷川彰良さんはモデリストとして活躍されています。

長谷川彰良さんの思いが、サイトに書かれていました。

rrr129: About This Blog RRR129-rrr129

私は “感動” を伝える為に生きていきたい。と思っています。

それは、1900年初頭のフランスの消防服を分解した時、
それは、19世紀中枢のカントリージェントルマンのフロックコートに袖を通した時、

目頭が熱くなりました。
ただ、目を閉じて全身で感じていたいと思いました。

この「感動」が私の原動力です。

もし、
100年後の未来に、私のつくった洋服がひとに感動を与えることが出来たなら、それを幸せといいましょう。

だから、私が100年後にバトンを繋ぎます。

 

引用:rrr129: About This Blog RRR129

長谷川彰良さん、芸術家気質の方なのかもしれません。

フランスの消防服の仕事着として作られた、

その機能性や仕組みに感動したのかもです。

そして、フロックコートの美しさに感動したのかもです。

 

フロックコートとは、モーニングコートが広まる前の男性用の礼服です。

フロックコート(英:Frock Coat、米(別名):Prince Albert coat)は19世紀中頃から20世紀初頭にかけて使用された昼間の男性用礼装である。ダブルブレストで黒色のものが正式とされ、フロックコートとシャツ、ベスト、ズボン、ネクタイで一揃いになった。その後モーニングコートに取って代わられ、現在では前合わせがシングルのものも多く見られるようになり、結婚式で使われるくらいになった。

引用:フロックコート – Wikipedia

昔のヨーロッパの礼服に袖を通した長谷川彰良さん。

それは色々な気持ちを感じたんだと思います。

だからこそ、その感動を伝えたいと思ったのでしょうね!

そんな気持ちが込められたのが、「半・分解展」なのかもしれません。

 

長谷川彰良さんは、インタビューでも消防服を解体した時の感動について語られています。

学生時代に垣田先生というフランスで修業した先生からスーツの作りを教わりました。それまでは既製服の作り方しか教わっていなかったんですけど、スーツの仕立てというものを知って、こんなに手間をかけて作る服があるんだという感動をしたときに、その時に偶然古着屋で見つけた1900年のフランスの消防服を何となく買ってみたんです。それを夜中に分解していたら涙が止まらなくなって…。100年以上前の消防服、言ってみたら作業服なのに垣田先生から教わったスーツの仕立て方と全く同じ作り方がされていて。こんな作業服があんな手間かかっているスーツの作り方で作られているんだ…ということにすごい感動しまして。僕が古着を通して味わうことが出来た感動をさらに100年後、150年後とかに自分が繋げたいと、バトンを渡したいという思いが自分の原点です。

引用:インタビュー: 長谷川彰良さんインタビュー

やっぱり、フランスの古い消防服に魅せられたのですね。

長谷川彰良さん、学生時代にスーツの仕立てを知ったのですね。

 

仕立てを知って感動したからこそ、消防服の解体につながったのかもです。

それにしても、消防服とスーツが同じ作り方がされているなんて驚きました。

 

長谷川彰良さんは、子供の頃から洋服に興味があったんだそうです。

単純に服が好きで、小学校34年のときに初めてバッグを作ってみたんですよ。母親のミシンで。それからバッグだけではなくズボンを作ったり。小学校在学中に服作りを生業にするんだろうなと何となく思っていました。まぁ親がそういう仕事をしていたとかでは全然ないんですけど、偶然家にミシンがあって。偶然触って。なんだか面白いな…というのが一番のきっかけですかね。

引用:インタビュー: 長谷川彰良さんインタビュー

小学生の頃から、服作りを生業にするって思いがあったんですね。

長谷川彰良さんは夢が叶ったんですね!

とても素敵です!

 

長谷川彰良さん、セミナーもなさっています。

長谷川彰良さんのブログで、その様子が書かれています。

rrr129: A-rrr129

rrr129: 826-rrr129

どちらのセミナーでも、

長谷川彰良さんが感動を伝えようとしている様子が伺えます。

 

まとめ

今回は、モデリストの長谷川彰良さんのお話でした。
長谷川彰良さんの「半・分解展」がとても気になりました!
次回開催される時は、絶対に行ってみたいです!

今回は、モデリストの長谷川彰良さんのお話でした。

長谷川彰良さん、古いフランスの消防服や、

スーツに魅せられ、感動したそうです。

そして、服を半分だけ分解し、

仕組みがわかる様に標本にして展示したのが「半・分解展」です。

 

長谷川彰良さんは、ご自身が感じられた感動を、

誰かに伝えたい気持ちが、活動の原動力になっているそうです。

感動って素敵なことです。

それを共有したいって気持ちも素敵なことですよね!